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[2004/03/13] 小さい頃の夢

 私が小さかった頃の夢は何だったのだろう。
 小さい頃の夢はその後の人生に大きな影響を与える場合があると聞きますが、私の場合は振り返ってみるとその時々であこがれや希望はあったものの、一つのまっすぐな道をひたすら歩いてきたというよりは、常に曲がり角ばかりで(^^;、その角を曲がるたびに新しい道を歩き出す、その繰り返しだったように思います。

 私が小学校低学年の頃、何になりたかったんだろうという記憶は、今はほとんど残っていないのですが(^^;、でも当時両親がよく私たち兄妹を連れて近くの永明寺山に登り、おにぎりを食べたのを覚えています。
 私が小学校高学年の頃は、博物学者の南方熊楠にあこがれた時期でした。
 小学校何年生の頃からか忘れましたが、学研の科学と学習という雑誌を親が取ってくれまして、そのおまけが楽しみでいつの間にか科学や実験が大好きな子供になって行きました。
 そしてある時、その科学と学習の付録についてきた南方熊楠の伝記の小冊子を読んで、彼が小さい頃から沢山の本を自分のノートに書き写して勉強していたということに感動し、自分もまねしてみようとファーブルの少年少女向けの科学読み物などを必死でノートに写してみたものです。ただ、その努力の甲斐あって本の中身を覚えることができたのかどうかは、今となっては定かではありません(^^;。

 中学にはいる頃は、自分は将来は絶対に科学者になるんだと思いこみ、いろんな実験に明け暮れていた時期でした(^^;。小遣いで町の薬局に行って必要な試料を買い、それを理科室のように自分の部屋の棚に並べていたのを覚えています。
 ただ中学に入ってしばらくすると、自分の興味は徐々に本と音楽に移り変わって行きました。
 小学校の頃から自然科学ものや少年探偵団、怪盗ルパンといった本は好きだったのですが、中学に入ってからはエラリー・クイーンなどの推理小説やSFを本格的に読むようになり、今度は自分は将来は推理小説の作家になりたいと思うようになりました。その頃、原稿用紙に50ページほどの中編推理小説を書きつづったのを覚えています。(出来は聞かないで下さい(^^;)
 ただ小説家になる夢は、その最初の作品のあまりの出来の悪さにあっさりと消え失せてしまいました。
 音楽に目覚めたのもこの頃でした。72年頃、ラジオから流れてくるビートルズやサイモン&ガーファンクル、カーペンターズなどの曲に心惹かれるようになり、特にビートルズには熱狂しましたね。

 高校に入ってからは、本と音楽に加え映画も沢山見るようになりました。
 映画では、ハンフリー・ボガード主演の「カサブランカ」に感動し、自分は大きくなったら絶対にボギー(ハンフリー・ボガードの愛称)の様なかっこいい大人になりたいと思って、ボギーの写真をずーっと自分の机の上に飾っていたものです。
 音楽ではアメリカを中心としたロック・ポップスにのめり込み、当時ラジオ関東が毎週週末に放送していたアメリカンTOP40を毎週欠かさず聞いて、毎週ノートに必死にチャートを記録している自分がいました。高校にも何人か全米チャートに興味を持つ仲間がいて、毎週月曜日は彼らとあれこれ議論するのが楽しみでした。あのころは今週のチャートを1位から40位までほとんど覚えていたような気がします。そして自然と音楽評論家になれたらいいなと思うようになっていきました。
 当時、音楽評論家であこがれだったのは湯川れい子さんでした。私の音楽観に多大な影響を与えてくれたと言っても過言ではないでしょう。アメリカンTOP40のDJだったということもありますが、当時発行された「レコードの本」というMOOK本に湯川れい子さんの「ポピュラー・ミュージックの名盤100」が載っていて、これが当時の私の音楽のバイブルとなりました。そこではポップス、ロックだけでなく、ジャズやR&B、カントリー、シャンソンなど、世の中にはいろんな素晴らしい音楽があるんだと言うことを教えてもらいました。
 音楽評論家になる夢は果たせませんでしたが、その後社会人になってから友人に頼まれて地元のタウン誌に2年ほど、毎月音楽のレビュー記事を書かせてもらったのが良い想い出です。

 なおスポーツやアウトドア、そしてMacや資格に目覚めるのはまだまだ先のことです。